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食べることは、還すこと。HINAI75が体現するガストロノミーとサーキュラーエコノミー
2026年8月5日

「ガストロノミー」という言葉を、あなたはどう定義しますか。
フランス料理の技法、星付きレストランでの体験、あるいは食材の産地へのこだわり——そう思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし本来、ガストロノミーとは「食と文化の関係を探求する知」です。何を食べるか、どこで誰が育てたか、その命がどこから来てどこへ向かうか。食べることの意味を、全体として問い直す営みです。
HINAI75が追求しているのは、まさにその問いへの実践的な答えです。
ガストロノミーの本質は、命の全体を見ること

秋田県大館市比内町、旧大葛小学校の学び舎を再生した「ひないフードファクトリー」で、一羽の雄鶏が出汁へと生まれ変わります。
秋田比内鶏(雄鶏)とロード種(雌鶏)の一代交配から生まれながら、雄鶏はこれまで食用として十分に活用されてこなかったという現実がありました。しかし、成分分析を重ねた結果、75日齢(〜80日齢)の若き雄鶏が、コラーゲン量とアミノ酸数値において突出したポテンシャルを持つことがデータとして実証されました。ブランド認証基準(雄は100日齢以上)には満たないものの、生物として最も充実した瞬間を、正確に見極める——それがHINAI75のガストロノミーの出発点です。
出汁を引く水は「ひない天然水」。土着菌(米麹)の発酵力が加わり、人の手が介入する前に自然そのものが食材のポテンシャルを引き出す「0次加工」が施されます。産地でしか成立しないこの工程は、食材と土地と水と菌の関係、つまり秋田という風土そのものを、スープのなかに閉じ込める行為です。
自然の循環はもともとサーキュラーエコノミー
HINAI75の思想は「人の都合で頂く命に最大の敬意を払い、命を余すことなく頂くことで自然の命の循環(食物連鎖)に戻すこと」
サーキュラーエコノミーとは本来、経済効率を高めるための概念ではありません。自然界においては、すべての命が次の命の糧となる循環がもともと存在しています。HINAI75が実践しているのは、その原理を食のビジネスとして誠実に再現することです。
テロワールとしての堆肥。鶏出汁の残渣が大地へ還る

出汁を引いたあとの残渣(骨・肉)は、廃棄されません。米糠と「あきた杉のかんな屑」とともにコンポストへと充填され、発酵・熟成を経て堆肥へと変わります。これが「ひないテロワール堆肥」です。
テロワールとは、ワインの世界で使われる言葉で、土壌・気候・地形といった「土地の個性」を指します。HINAI75はこの概念を堆肥に応用しています。鶏の残渣が秋田の土に還ることで、秋田杉の根元を豊かにし、その風土がまた次の命を育む——食材が生まれた場所へ、栄養が循環して戻っていく。
おが屑バージョンとかんな屑バージョンでは発酵の速度も性質も異なります。おが屑は爆発的な一次発酵を経て熟成期へ移行し、かんな屑は糸状菌がリグニンやセルロースをゆっくりと溶かしながら「遅効性の極上堆肥」へと仕上がっていきます。どちらも一羽の命が、土の記憶として刻まれていくプロセスです。
風(菌)と内臓。「鶏醤」が生まれるまで

鶏の内臓は、別のかたちで命を継ぎます。
秋田の風土に漂う土着菌(「風」)の力を借りて発酵させることで、内臓は「鶏醤(とりびしお)」へと変わります。微生物という目に見えない存在が、命をひとつの調味料へと変容させる。この発酵調味料は一羽の命がかたちを変えて次の食卓へとつながる証であり、骨は土に還り、肉は出汁になり、内臓は旨みの結晶になる——捨てられるものが、ひとつもないということです。
スープになり、堆肥になり、鶏醤になる。命のかたちは変わっても、その本質は消えない——この哲学こそが、HINAI75のサーキュラーエコノミーの根底にあります。
水が語るエビデンス
HINAI75のサーキュラーエコノミーには、もうひとつ注目すべき要素があります。それは「水」です。
出汁の抽出に使う「ひない天然水」と、素材栽培に使う水は同一の水源から引かれています。食材を育てた水で、食材の命を引き出す。この一貫性は、単なる思想にとどまらず数字として現れています。
同じ手法を東京で試みたときと比べて、秋田・比内の水で行ったときの結果は約3倍の出汁の力として確認されています。産地の水が持つポテンシャルは、都市の水では再現できない。これは「地産地消」という言葉を超えた、土地と水と食材の不可分な関係性——まさにテロワールを示す、確かなエビデンスです。
経済合理性より、生物合理性を
サーキュラーエコノミーという概念は、しばしばコスト削減への対応として語られます。しかしHINAI75のそれは、少し次元が異なります。経済合理性ではなく生物合理性の視点で世界を眺めれば、現代の食はロスに満ちています。残渣を堆肥にすることは効率化のためではなく、内臓を鶏醤に変えることは廃棄コストを減らすためでもない。いただいた命に対して、誠実であるための選択です。
人間が自然をコントロールするのではなく、「人が自然の一部として振る舞う」こと。それがHINAI75の事業哲学の根幹です。
雄鶏が75日間かけて育んだ栄養はスープという形で人の身体に届き、残渣は土に還り次の作物を育て、内臓は旨みとなって別の食卓へ届く。同じ水が次の鶏を育て、次の出汁を引く。このループのなかに、HINAI75のガストロノミーがあります。
産地から届く、自然の循環

ひないフードファクトリーは、秋田の山里―かつて子どもたちの学び舎だった場所で、命の探求を続けています。
ここで生まれる一杯のスープは、75日間かけて育った雄鶏の骨と肉から引き出され、同じ土地の水で仕立てられます。飲み干した後も、残渣は堆肥へ、内臓は鶏醤へと姿を変え、それぞれの役割を持って次へと続いていきます。
HINAI75が語るガストロノミーとは、そのすべてを知った上で食べることの豊かさです。栄養を摂ることと、命の循環に参加することが、同時に起きている。そういう食の体験を、秋田の産地から届けようとしています。
「からだに良い」と「美味しい」は、同義になる。——そのブランドメッセージは、この循環の全体を見渡したときにはじめて、その真の深さが伝わってくるはずです。